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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)8337号 判決

原告

雨宮康之助

被告

小宮山悟

右訴訟代理人

草野多隆

右訴訟復代理人

沢田正道

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録(一)記載の建物を収去して、別紙物件目録(二)記載の土地を明渡せ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙物件目録(二)記載の土地(以下本件土地という)を所有している。

2  被告は、別紙物件目録(一)記載の建物(以下本件建物という)を所有し、本件土地を占有している。

よつて、原告は被告に対し、所有権に基づき、右建物収去と土地明渡を求める。

二  請求原因に対する認否

全部認める。

三  抗弁

1  原告は、訴外大出博(以下大出という)の先代である訴外大出祥に対し、昭和三年八月、本件土地を含む東京都台東区清川一の三〇六番地一宅地276.52平方メートルを、建物所有を目的として賃貸引渡し、昭和一九年一二月、訴外大出祥死亡により大出が相続人として右賃借人たる地位を承継取得した。

2  大出は、その実弟である被告に対し、昭和三四年頃、賃借地の一部である本件土地を転貸した(以下本件転貸借という)。

3(一)  本件転貸借に対する原告の承諾

(1)(ア) 大出は、原告実弟訴外雨宮庄兵衛(以下庄兵衛という)に対し、昭和三四年一月頃、本件転貸借につき承諾を求め、同人はその旨承諾した。

(イ) 仮にそうでないとしても

庄兵衛は被告が昭和三四年本件建物を建築中はもとより、被告が本件建物に居住後も、大出宅に賃料受領に来ており、大出宅に隣接し、本件建物に被告が居住している事実を熟知しているにもかかわらず異議を述べなかつたので、右転貸につき黙示の承諾をしたというべきである。

(2)(ア) 原告は、庄兵衛に、昭和三年以来昭和四八年一一月まで前記賃貸地に関し転貸に関する承諾権限を含む代理権を与えていた。

(イ) 仮にそうでないとしても

(ⅰ) 原告は、庄兵衛に賃料受領および賃料の値上げを交渉する権限を与えた。

(ⅱ) 大出は被告への転貸当時、庄兵衛に転借権を承諾する権限があると信じた。

(ⅲ) 庄兵衛は、契約当初から、賃貸借の管理一切をしており、大出が原告と初めて面識をもつたのは昭和四八年一一月であるから、大出が庄兵衛に転貸借を承諾する権限があると信じるについては、正当の理由がある。

(二)  転借権の時効取得

(1) 被告は、大出が転借について承諾を得たという言葉、および大出宅に隣接し、その間に障壁もなく医院をかねた大出宅と全く異なる構造である本件建物の建築中並びに被告が本件建物に居住後も大出宅に賃料受領に来ており、何らの異議をも述べなかつた庄兵衛の行動から、庄兵衛が転貸借につき承諾していると信じた。

(2) 被告は、昭和三四年四月一〇日より本件建物に居住し、大出に対し転借料を支払い、同三九年一〇月一九日(ママ)に本件建物の所有権保存登記を経由した。

(3) よつて被告は、遅くとも本件建物の保存登記をなした昭和三九年一〇月一五日から一〇年をへた同四九年一〇月一五日をもつて転借権を時効取得した。〈以下、事実省略〉

理由

一請求原因事実及び抗弁1、2の事実については、いずれも当事者間に争いがない。

二転貸借についての原告の承諾について

1  庄兵衛が大出に対し昭和三四年一月ころ本件転貸借を承諾したとの事実については、証人大出介子の証言中にはこれを裏付ける部分があるが、それ自体あいまいなものであり、またそれに反する証人雨宮庄兵衛の証言、原告本人の供述もあるので、それをたやすく採用することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

2  また、庄兵衛が、被告が本件土地上の本件建物に居住していることを熟知していたとの事実については、証人大出の証言及び被告本人の供述中には、本件建物と大出の建物の位置関係、公道からの本件建物の見通し状況、庄兵衛が大出方に賃料取立に来る際の付近道路の利用状況からみて、庄兵衛が毎月大出方に賃料取立に来ていた際、本件建物をみていたはずであり、さらにそこに被告が居住していることも知つたはずであるとする部分があるが、右はいずれも、もつぱら両人の推測を述べたにすぎず、右推測自体充分な合理性を有するとは言い難いばかりではなく、右推測を裏付けるに足りるような他の証拠はないから、結局右の証言、供述は採用できず、他にこれを証するに足りる証拠はない。

三転借権の時効取得について

1  他人の土地の用益がその他人の承諾のない転貸借に基づくものである場合でも、土地の継続的用益という外形的事実が存在し、その用益が賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているときは、転借権は土地所有者との関係で、取得時効の対象となり、この取得時効により無断転借人は、土地所有者に対し、その承諾なしに、賃借人(転貸人)に対する転借権をもつて対抗できるにいたるものと解するのが相当である。

2  前記のごとく、被告は実兄である大出から本件土地を転借したのであり、また〈証拠〉によれば、被告は本件土地上にある本件建物を昭和三四年はじめころ建築に着手し同年四月ころ完成させたうえ、それ以降同建物に家族とともに居住しつづけていること、被告は、本件建物につき被告名義の保存登記を昭和三九年一〇月一五日になしたこと、被告は大出に対し、少くとも昭和三五年分以降の転借料を継続して支払つていること、本件建物は、大出所有の建物の南東に近接して建てられ、その出入口門は大出方の出入口とは別個に北側公道に面して設けられており、右公道からは本件建物の存在及びその外面の状況はよく見通せることが認められ、右認定に反する証拠はない。したがつて、以上の認定事実によれば、被告は本件土地を昭和三四年四月以来継続的に使用してきたといえるし、また少なくとも本件建物を被告名義で保存登記をした昭和三九年一〇月一五日以降は、本件建物が被告の所有であつて被告が大出からの転借により本件土地を使用していること。すなわち被告の本件土地使用が転借の意思に基づくことが、客観的に表現されていたということができる。

そして被告本人尋問の結果(前記採用しない部分を除く)によれば、被告は先代大出祥(実父)が賃借人であつた当時に本件土地を含む借地上の建物に居住していたこと、被告が本件土地を転借することになつたのは、実母から実兄大出の借地の空地部分を転借して建物を建てて居住するように勧められ、また同女及び大出から右転借について、土地所有者から承諾を受けている旨を告げられたこと、また本件建物建築についても、その手続の一切を建築業者に任せて処理したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。また、〈証拠〉によれば、本件転貸借がなされて以降、原告がこれに気付いて大出にその事実を照会するまでの間に、被告は原告に対し一度も会つたことがなく、また文通もしたことがなく、ましてや本件転貸借の承諾について確認したことがなかつたこと、原告はその間、横浜市に居住し、昭和四八年一一月まで本件土地を含む借地の管理を実弟の庄兵衛にまかせていたが、被告は、その庄兵衛とも面識がなく、また承諾事実の確認をしなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実に従い考えるに、かつて自分の実父の借地であつた土地の一部を、実母のすすめで、実兄から転借するにあたり、その母、兄がいずれも土地所有者からの承諾を受けているというのをそのまま信じて土地所有者及び管理者に対し、以後格別にその確認の努力をしなかつたとしても、これをもつて、他人の言葉を軽信した点に過失があつたとはいえない。また前記認定事実によれば建物建築の過程及び建物居住の過程で、被告が本件転貸借について、原告の承諾がないのではとの疑念をいだかなかつたと推認することができる。したがつて、本件建物を建築した当時及び保存登記をした当時に、被告が本件転貸借について原告の承諾があると信じていたとしても、過失がなかつたものと認めるべきである。

3  よつて、被告は、本件土地利用が転借の意思に基くことが客観的に表現されたと認めるべき昭和三九年一〇月一五日から一〇年を経過した昭和四九年一〇月一五日に、時効により、本件土地につき原告に対し対抗できる転借権を取得したものと認めることができる。

四原告、大出間の賃貸借解除について

前記認定のとおり、被告は本件土地につき原告に対抗しうる転借権を時効取得したとしても、被告の転借権は、直接にはあくまで賃借人(転貸人)である大出に対するものであり、右時効取得により、土地所有者に対する関係ではじめから土地所有者の承諾を受けた適法な転借権以上に強力な権利に転化するいわれはないから、原告、大出間の賃貸借契約が大出の債務不履行(もちろん、被告に対する無断転貸を事由とするものを除く)による解除により終了すれば、被告の転借権もその履行不能により当然終了するものと解すべきである(そうでないと、少くとも、はじめらか承諾を受けた転借権も一〇年存続すれば、賃貸借の債務不履行による解除があつても、履行不能によつて終了することはないとでも解しないかぎり背理となろう)。

そこで、さらに判断するに、再抗弁事実はすべて当事者間に争いがない、〈証拠〉によれば、地代差額についての利息請求権は和解によつては合意されず、その発生がないことが認められ、右認定に反する証拠はない。したがつて、その利息金を不払を理由とする原告、大出間の契約解除の意思表示は、その効力を生じないものといわざるをえない。

五よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(小林克巳)

物件目録

(一)東京都台東区清川一丁目三〇六番一

家屋番号 六番一号四

一 木造瓦葺二階建居宅

床面積

一階 43.60平方メートル

二階 35.63平方メートル

(二) 東京都台東区清川一丁目

地番 三〇六番一

地目 宅地

地積 276.52平方メートル

右土地のうち別紙図面イロハニイを直線で結んだ部分64.18平方メートル

図面〈省略〉

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